隕石ふったらうましろは真っ先にエンドロール、なお話

倫理観入れると注釈まみれなるから、一旦吹っ飛ばして書くし読んでほしいんですが。

ニンゲンは自ら「害」とつけるような特性を持っていたとしても社会全体で生かそうとするの、弱肉強食的な観点からみたら不思議だよなあと思ってて。

でもなんかの本で、ニンゲンは種の生存戦略として、色んな特性を残すことを選んだって感じの論を読みまして。

隕石降ってきたりとかどんな環境になるかわからないからこそ、今は「害」と呼んでいたとしてもその環境下では生き残る(=種を残せる)のはそっちの特性かもしれない、だから社会を作ってみんなで守るんだと。

ほほうなるほど。

困ってたら助けたげよなんて上から目線の烏滸がましい考え方だったわ、優劣なんて神のみぞ知るってやつやん。

なんてハッとしたことを、手元の課金しなければバチくそに分厚いメガネをみてふと思い出しました。

この目の悪さ、わたしにとって害でしかないけれどもしかして?

しかし生き残る環境って、メデューサ的な何かが現れた時くらいしか思い浮かばない。

まあきっと神のみぞ知る。

まあ、そんな人類滅亡レベルの話じゃなくても、それって言えるのかなあっても思いまして。

例えば、必要以上にせっかちさんな人とかいるじゃない。

ちゃんと説明聞いて動けば失敗減らせるだろうになあなんて言いたくなることもあるけれど。

隕石降ってきたときに生き延びるのは、のんびりしちゃううましろじゃなくてきっとそういう人。

トラブルとか起きたとき、真っ先に対応するっていうのがその時の一番の正解だったりすることもあるし。

だからなんというか、うましろが思う、この人すごいなあの人みたいになりたいなっていうのはあるけれど。

優劣っていうのは神のみぞ知るってやつなんだから、わたしの判断基準を押し付けることは違うよなあなんて。

もちろん、本人が自分を変えたいって思ってたり、めちゃくちゃ迷惑を被っている人がいたり、さすがにこれは困るなあってなったら、こうしたらいいんじゃない?って一意見を伝えますがね。

でもなんかもう、その人なりの「正しさ」で動いてるんだろうからなあ、なんて思うようになってきましたね最近。(※犯罪とかは別)

基本的には神のみぞ知る。

なんか神のみそ汁にみえてきた。

うましろは玉ねぎとか白ネギ入ってるみそ汁がすきです。